沖縄考201412 (2)普天満宮2014年12月25日

沖縄考2014.12.(2)普天満宮 沖縄県宜野湾市

 12月25日午前に訪れた宜野湾市の普天間基地のすぐ脇にある普天満宮。普天間宮とも記すが現在は、「普天満」と。前日、波之上宮の宮司さんが、本土復帰の諸事業を経験され知悉した方は唯一この普天満宮の宮司・新垣義夫氏と伺い、電話で連絡をとってくださったので、急遽、訪れた。初詣の諸準備で忙しいときに伺い、もっと時間があるときなら色々話が出来るのに残念と仰られたにも関わらず、2時間以上も時間をとって、当時の貴重なお話と裏手の普天満洞穴(市指定文化財)をも案内してくださった。ここでも感謝・感激でした。鍾乳洞の洞穴は御神体そのものでもあって、当神社の基であるが、考古学的にも琉球諸島の太古の成り立ちが分かる貴重な遺跡で、圧巻でした。
 この神社も琉球八社の代表的な存在で、創建は古く、普天満の洞窟に琉球古神道の神々(日の神、竜宮神・ニライカナイ神、普天満女神・グジー神など)を祀ったことに始まり、琉球王国の尚王時代(1450~60年)に熊野権現を合祀したとされている。沖縄の諸神社が、断崖から海の彼方の神(ニライカナイ)を拝したり(波之上宮)、洞窟での祈りや儀礼が基礎となって創建されたことも特徴の一つであることを学んだが、さらに南紀の熊野権現の神々(イザナミノミコトやハヤタマノミコトなど)を合祀していることも特徴で、歴史的由来を考えると誠に興味深い。
 新垣家は代々の宮司を勤めており、本土復帰に際して重要な仕事をされ、また復帰20周年には『沖縄県神社庁誌』の編集委員長を務めるなど、戦後の沖縄神社史において大切か方であった。お話から沖縄の神社界の歴史や現状など多方面にわたって知ることが出来た。
 本神社は、連絡組織としての沖縄県神社庁の一員であり、宗教法人としては神社本庁を包括宗教法人とする被包括の単位法人となっている。米占領期や本土復帰時の諸問題については、後日、整理して報告するつもりです。

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