占領改革と宗教2023年08月15日




 2022年8月15日は「終戦77周年」ということで、追悼式典など様々な行事や特集番組が組まれた。しかし、8月15日ははたして「終戦の日」なのだろうか?実は、その法的根拠が確定したのは、戦後18年も経過した1963年5月14日に第二次池田勇人内閣が閣議決定した「全国戦没者追悼式実施要項」である。1952年4月28日に講和条約が発効して占領が終了する前後から、「朝日新聞」などメディアが先導する形で「8・15終戦記念日特集」が組まれ始め、やがて左右社会党の再統一と保守合同が実現した1955年に終戦10周年記念として8月15日が大々的に祝賀されるなど、「8・15終戦神話」が次第に形成されていったのである。佐藤卓己はそれを「国民的記憶」がメディアよって再編成された「国民的記憶の55年体制」と呼んでいる 。占領から解放され、朝鮮戦争特需をへた経済成長が見えてきた時代における新たなナショナリズムの勃興と軌を一にして、この終戦神話が強化され定着していき、その結果として63年の閣議決定で確定させたに過ぎない。
 1945年8月15日は、連合国によるポツダム宣言を受諾し、無条件降伏すると昭和天皇が国民に告げた「敗戦告知の日」である。国際法上は、日本降伏の日は、日本本土では東京湾上のミズーリ号上で行われた降伏文書調印式の9月2日であり、沖縄を含む南西諸島は9月7日である。もっとも沖縄戦の正式終了は同年7月2日なので、降伏文書調印式まで二ヶ月以上経っている。かくして日本における「戦後」は少なくとも二つあり、朝鮮半島や台湾などの旧植民地を含めると「複数の戦後」がある。
 このような視点から、前大戦後の日本本土、南西諸島と旧植民地の戦後世界を改めて検証しようと、ここ数年共同研究を進めてきましたが、『占領改革と宗教―連合国の対アジア政策と複数の戦後世界―』(専修大学出版局、2022年9月12日)として発刊した。
https://www.amazon.co.jp/dp/4881253735/

 各執筆者から原稿をいただいて編集作業を開始したのが、2021年夏前でしたが、この一年間に世界と日本を揺るがす大きな出来事が3件も勃発しました。2021年8月のアフガニスタンからの米軍の完全撤退とタリバンによる再支配、本年2月24日に突如開始されたロシアのウクライナ侵攻、そして7月8日の安倍元首相の殺害です。その全てが本書のテーマである「軍事占領と宗教」「国家・政治と宗教」に関連する出来事であることに、驚きを禁じ得ません。アフガニスタンやイラクの占領と民主化は、実は日本占領がモデルになっています。果たして日本占領は成功だったのか、その問題も改めて検証する一助になればと願っています。

以下に本書出版の意義と概要について記します。
一.本書刊行の意義と概要
 「占領と宗教」についての宗教学における最も包括的なものは、阿部美哉が主導的に推進した共同研究「連合軍の日本占領と日本宗教に関する基礎的研究」(研究代表・井門富二夫、一九八四‐八七年)である。この成果は井門冨二夫編『占領と日本宗教』(未来社、一九九三年)として公刊されたが、宗教学を基盤とした占領研究および日本宗教制度・日本宗教の変容に関する研究としては、当時は最も包括的かつ体系的な研究であった。
井門編著

ウッダード著

 阿部・井門らの研究は、ウッダードの研究と成果である、Woodard, W. P., The Allied Occupation of Japan 1945-1952 and Japanese Religions, E.J. Brill, 1972(邦訳『天皇と神道』(阿部美哉訳、一九八八年)を受けたものでもあった。ウッダードは総司令部情報教育局(SCAP/CIE)宗教課に調査スタッフとして勤務した経験から、総司令部内部の第一次資料にもとづいて人権指令、神道指令、宗教法人令、宗教法人法など主要な宗教政策の成立過程と実施にまつわる諸問題の処理について詳細に検討した。特に「神道指令」における国家神道の廃止と政教分離に関連して、「国体のカルト」の廃絶をめざしたものであって、神社神道を廃止しようとしたのではない等の重要な指摘がなされている。
 阿部・井門らは、さらに米国の占領政策の形成過程に踏み込み、神道指令や戦後憲法での政教分離制度が日本宗教に如何なる影響を及ぼしたかを総合的に探求した。大石秀典、渋川謙一、福田繁など占領軍の下で仕事をした官僚の聞書きも収録し、史料的にも貴重な内容であった。その一端を担った中野は、戦争それ自体が、また軍事的占領による異なった文化をもつ敗戦国家の改造が、実は異なった文明間の闘争、また世界観の闘争の側面を持っており、その中核には宗教があることを認識し、収録した論考において、アメリカ合衆国と日本という二国間における宗教的世界の相克が占領政策それ自体に独特な陰翳を与えていることを指摘した。
 しかしこの共同研究と出版にはいくつかの欠落点や残された課題があった。それは①「日本」と言っても本土のみであり、「沖縄・南西諸島」に対する目配りがほとんどなかったこと。②「連合国」と言ってもアメリカ中心であり、イギリスやソ連、オーストラリアなどの対日政策、とりわけ天皇制の存続やいわゆる国家神道に対してどのような考え方をしていたのかが検証されていないこと。③日本の旧植民地諸国における「占領と戦後処理」についても視野に入っていないことなどである。本書の編者の一人である中野毅は、この共同研究と出版に分担者および執筆者としてかかわったが、この残された課題にいずれは取り組みたいと願っていた。
 その後三〇年近くが経過し、当時は不明だった史資料も多数発見され、公文書アーカイヴのデジタル化、さらにインターネット上での公開など、研究環境も飛躍的に向上した。多くの史料の発掘・発見もあり、新たな占領研究の成果が蓄積され、戦後レジームに対する新たな認識を再構築する必要性が高まってきた。こうした状況をふまえ、この阿部美哉・井門冨二夫らによる研究成果を基盤としつつも、それ以降に発掘・発見された最新の資料を収集し、他地域の占領政策との比較の視点から再検討すること、およびこの研究で残されていた課題を検討することによって、連合国によるに占領において宗教政策がどのように行われたのか、その比重や影響を、様々な地域における事例を通して可能な限り全体的に明らかにしていく必要があった。
 日本の敗戦と占領は、さまざまな地域での複数の攻防戦の過程であり、敗戦後における連合軍の占領は日本本土だけではなく、南西諸島における占領、また日本の旧植民地であった台湾、朝鮮半島などの「複数の占領」があった。連合軍の日本占領はこれらの地域での出来事を視野に入れた研究によって、初めて全体的な把握が可能になるといえる。
 このような問題意識をもとに、二〇一四年から二〇一七年にかけて日本学術振興会科学研究費基盤研究の助成をうけて、共同研究「連合国のアジア戦後処理に関する宗教学的研究―海外アーカイヴ調査による再検討」を開始した。本研究において、①ここ三〇年間公開された資料などについて広範なアーカイヴ調査を行ない、アメリカのみならず他の連合国の対日占領政策、とくに宗教に関する戦後処理に関して、新しい資料による再検討を行うこと。②文献資料のみでなく、日本の旧植民地、旧日本軍の戦闘地域での戦時の状況を調べ、戦後処理が実際にどのように行われたか、より実証的な研究を行い、これまでの研究を再検討することをめざしたのである。

全体は三部構成となっている。
第一部「アメリカおよび連合国による占領と戦後処理―日本本土と日本人」では、近年の研究や、新史料、英国公文書館所蔵の英国外務省記録などをもとに、米国および連合国の日本占領をあらためて捉えなおす。
第二部「南西諸島の戦時と戦後」では、南西諸島の歴史的・宗教文化的特性をとらえなおし、歴史的・地理的に特殊な場所であった奄美・沖縄諸島の戦時、占領、戦後における宗教政策等について検討する。
第三部「日本の占領地・旧植民地統治と戦後」では、韓国、台湾、ミクロネシア、インドネシアなど日本によって統治・占領が行われていた地域の日本の宗教政策の実態、そして戦後の状況について考察する。

 序論においては、本書刊行にいたった上記の経緯に加え、そもそも前大戦後の日本占領が連合国のいかなる命令と軍事組織によって実施されたのかを簡潔に整理し、日本がドイツのように分割占領される危険性があったこと、「無条件降伏」という概念が、軍事的降伏だけでなく、政治・経済・イデオロギー等にわたる「相手国の内的秩序の全面的再編」を求める「文明の改革」であったことなどを明らかにしている。また所収の各論文の要点と意義を簡潔にまとめてある。
 各論文のほか、付論として岡﨑匡史「日本占領と公文書」、粟津賢太「解題―「占領と宗教」研究における一九九〇年代以降の動向」の二論考を収録した。岡﨑論考では、敗戦直後の日本で戦時期の重要史料を精力的に蒐集した米スタンフォード大学フーヴァー研究所の出先機関「東京オフィス」を紹介し、その史料群の重要性を明らかにしている。またフーヴァー研究所をはじめとする米国の日本占領に関連する諸アーカイヴにどのようなコレクションがあるか詳細に紹介している。
 粟津賢太「解題」では、研究史の動向をアメリカのアーカイヴや日本の国会図書館、沖縄県公文書館などのアーカイヴから、憲法改正関連、国籍別の差別問題、ジェンダー・女性史関連、慰霊・追悼、国家神道関連など分野別に詳細に分析し、その進展を明らかにした。神道関連ではウッダードの研究が日本人によって歪められた経緯が指摘されている点は重要である。さらに日本の占領方式が、「当該国を軍事的に占領した連合国が排他的な実験を握るとした「イタリア方式」と、ドイツに対する「無条件降伏」「非ナチ化」など当該国の哲学まで破壊する「相手国の内的秩序の全面的再編」を目的とする方式が先例となっていることを明らかにしている。「非ナチ化」という発想は、今世紀のアメリカによるイラク占領では「非バース党化」として提言され、二〇二二年のプーチン・ロシアによるウクライナ侵攻に際して再び使われた。