書評 西山茂『近現代日本の法華運動』(春秋社、2016年7月刊)2017年05月10日

西山茂氏(東洋大学名誉教授)による表記単著について書評を書きました。( )内の番号は本書の頁数です。掲載誌は以下です。
『創価人間学論集』第10号、2017年3月31日, 89~99頁。
近日中に大学レポジトリーから全文をダウンロードできるようにします。
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 日本の宗教社会学を長年にわたって牽引してきた西山茂(東洋大学名誉教授)氏が、日蓮・法華系に関連する宗教運動の研究を一書にまとめて公刊した。西山氏はこれまで近代日本の宗教運動についての社会学的研究を精力的に重ね、多数の論文を発表し、また編者として多くの出版に携わってきた。しかし、本人の単著として世に問うのは初めてであり、これまでの諸論考を単行本として出版して欲しいと願ってきた一人として、喜びに堪えない。
 西山氏の主要な研究領域は、①地域社会における宗教の受容・浸透・定着及び変容に関する研究、②新々宗教を含む新宗教の研究、③日蓮主義と法華系在家教団の研究という3分野にわたっており(本書381頁。以下数字は本書の頁を示す)、それぞれ領域で多数の論考を発表されているが、その中の③の研究成果をもとに刊行したのが本書である。A5版491頁におよぶ大作である。
 本書の構成と目次は以下の通りであり、参考に各章の下地となった論文の初出年を右に記した。1975年から本年に至る長年の研究の成果であることが分かるが、本書に収録される際に、一部は現段階において必要な補筆が加えられている。

はしがき
Ⅰ 日蓮主義と近代天皇制
第1章 近代天皇制と日蓮主義の構造連関    2014年
第2章 「賢王」信仰の系譜   1995年
第3章 石原完爾の日本主義  1986年
Ⅱ 法華系在家教団の成立と変容
第4章 佛立開導・長松清風の周辺体験と思想形成 1982年
第5章 佛立講の成立と展開   1991年
Ⅲ 法華系在家教団の展開
第6章 仏教感化救済会の創立者・杉山辰子とその教団  2011年
第7章 法音寺開山・鈴木修学とその教団   2005年
第8章 戦後における立正佼成会と創価学会の立正安国  2014年
Ⅳ 正当化の危機と内棲教団の自立化
第9章 戦後創価学会運動における「本門戒壇」論の変遷 1975年
第10章 正当化の危機と教学革新     1986年
第11章 内棲宗教の自立化と宗教様式の革新  1998年
第12章 冨士大石寺顕正会の誕生       1978年
Ⅴ 日蓮仏教と法華系新宗教の特徴
第13章 法華系新宗教への日蓮仏教の影響    2015年
第14章 日蓮仏教と法華系新宗教の現証起信論  2016年
あとがき
索引

 内容の概要は、筆者自身が「はしがき」で紹介しているので、それを参照しつつ整理すると以下のようになる。まず本書はⅠ~Ⅴの分野に分かれるが、諸論考のテーマの近似性に基づいてまとめられている。
Ⅰ 近代日本社会の基本構造となった天皇制と日蓮主義の構造的連関性がテーマとして論じられている。第1章で日本近代の国体概念を「顕密変動」と捉えたうえで、その展開過程を段階的に辿り、日蓮主義運動との関係を歴史社会学的に論じている。第2章では、田中智学―山川智応―里見岸雄―石原完爾にいたる国柱会系の「賢王」信仰の系譜をたどり、第3章で石原完爾の日蓮主義を「二重の五五百歳説」の特異性とともに上行菩薩の再誕を待望する「上行のアドヴェンティズム」として浮き彫りにした。

Ⅱ 本書の主要な分析対象である法華系新宗教の日本で最初の事例である本門佛立講(現・本門佛立宗)を取り上げ、第4章では開祖である長松清風が受けた日蓮宗八品派での周辺体験による在家主義的な宗教思想の発展、それによる内棲宗教としての佛立講の成立と展開(第5章)を論じている。
 法華系新宗教とは、日本の新宗教のうち、法華経を所依の経典とする伝統教団(天台法華宗と日蓮法華宗)とは相対的に区別された信念と実践と組織によって、主に現世での救済をめざす在家中心の教団のことである(353-354)。清風は若くして書画詩歌や儒学国学に通じた町人学者でもあったが、八品派の信者から出家、そして能化へと進もうとしたがことごとく宗門から拒絶された経験から、布教における「現証利益」の重視(82)、「信者即真実出家」の主張、法華経の題目を口唱することで十分とする「読誦無用口唱専一」の立場(94)、さらに妻帯(90)など、日蓮系新宗教の在家主義を構成する諸要素を全て主張するようになった。
 また本書の中心的分析概念である「内棲宗教」とは、既成教団に所属してその影響を強く受けつつ、それとは違った独自性を持つ「教団の中の教団」(ii)であるが、清風が率いる佛立講は独自の本尊と信行式、組織形態を発展しつつも、本能寺から宥清寺などの講集団として存続し続けたことで、内棲宗教の原型、一典型として重要である。

Ⅲ 法華系組織の在家教団の中で、在家的な社会事業を表看板にして始まった宗教運動が、やがて日蓮宗の内棲宗教として再定位された事例として、杉山辰子が創設した「仏教感化救済会」を取り上げている。第6章では、明治末から大正、そして太平洋戦争終結までの教団史を辰子に焦点をあてて描いている。辰子は家運の傾きをきっかけに民間法華行者・鈴木キセ(無辺行菩薩と自覚)のもとで修行をはじめ、「五字の妙法」「お神通かけ」「三明六神通」の儀礼と「三徳」(慈悲・至誠・堪忍)の倫理実践を体得したが、更に日蓮宗本立寺で法華経の研鑽と唱題行・断食・水行によって霊能開発に打ち込んだ。
 法華系の女性霊能者の出現である。しかしそこにとどまることなく、布教の方便としてか男性医師とコンビを組んで、宗教と医療、福祉、感化教育を一体化した「丸ごとの救済」をめざして、法華経信仰に基づく「仏教感化救済会」(1914年設立)という新宗教へと発展させていった。また設立直前に辰子は本化四菩薩の一つ「安立行菩薩の再誕」との自覚を得たとされ、法音寺に至るこの系譜が法華・日蓮系に連なる大きな要素となっている(142)。女性霊能者、男性とのコンビなど、この運動は後のフォルク型霊友会系新宗教の最初の事例として重要である。
 第7章は、同教団が太平洋戦争後、日蓮宗法音寺となって内棲宗教として再確立していく過程を描いている。その大きな要因の一つは、戦時下において社会事業団体を隠れ蓑にして違法な宗教行為をしている「類似宗教」ではないかとの宗教団体法違反容疑で、実質的な教団統率者・鈴木修学が投獄され、組織の解体再編(脱宗教化)を経験したことである。
 その一方で、戦前の社会事業部門は、日本福祉大学および社会福祉法人・昭徳会として自立していくことになる(155)。法音寺の社会事業重視は、「安立行菩薩」に率いられた「地涌の菩薩」が法音寺信者であり、従って菩薩の三徳(慈悲・至誠・堪忍)をもって人々の悩みを去らせ楽しみを与えなければならないという教義、ならびに法華経はやってみなければ分からない「実行の宗教」であるという修学の法華経理解に由来し、社会事業への布施は「徳積み」の行であると信者に教えていることによる(155-156)。
 第8章は、立正安国と現世利益を掲げて戦後に急成長した立正佼成会と創価学会が、前者は他教団との「連携」による社会運動によって安国を達成していこうとするのに対し、後者は単独で、しかも政党を結成して政治的に安国を実現しようとする戦略の相違を明らかにしている。興味深いのは、既成の日蓮宗諸派や法華(日蓮)系の在家教団の多くが「立正安国」を変わらず主張している点である。戦前・戦中はそれが国体論と結びつき、天皇本尊論や天皇転輪聖王本地説、天皇=賢王説などの日蓮主義的国体論となった。その一翼を担った石原莞爾は、しかし戦後は一転して非暴力無抵抗の絶対的平和主義者・日蓮を龍ノ口法難から読み込んだ事などは、驚きである。

Ⅳ 日蓮正宗という日蓮系教団の中でも少数派の既成宗教における「内棲宗教」として出発した創価学会を中心に、また正宗と創価学会の両者に対抗した日蓮正宗妙信講(現・富士大石寺顕正会。以下、妙信講と記す)を対象として、それらが純粋な在家教団として自立化していく過程を分析した。
 第9章は、本書では最も古い論文であるが、創価学会について宗教社会学的に論じたものとして大きなインパクトを与えた論文である。ウェーバーからウィルソン、インガーに至るチャーチ・セクト論を分析枠組みとして用い、デノミネーション化の指標を「本門戒壇論」の変遷において、創価学会が「国立戒壇」建立をめざして政界進出した戸田時代から、池田時代にそれを放棄して「民衆立戒壇」の正本堂に至る過程を、日蓮正宗との葛藤を軸に5段階に区分して分析。創価学会はデノミネーション化したと結論づけた(259)。
 第10章では、創価学会が日蓮正宗を批判しつつ在家主義的な路線を模索し、教学革新を図った「昭和52年路線」を旗揚げしたが短期間で頓挫した過程を克明に描いている。ここでの宗教社会学理論としては、P.L. バーガーの社会を覆い秩序に正当性を付与する象徴体系(ここでは宗教集団内の教学や神学をさす)の正当化機能論を活用しながら、それが社会との、またここでは宗教集団との弁証法的過程であるとの分析枠組みを駆使して、日蓮正宗、創価学会、宗門内の若手活動家僧侶(正信会、在勤教師会)の三つ巴の闘争を克明に追い、後二者が宗門の伝統教学を根底から問い直す教学革新の道を辿っていった動態を明らかにした。詳細な資料の収集と分析には驚歎する。また正当化図式を「僧侶主義」対「在家主義」、「外相主義」対「己心主義」を軸にⅠ~Ⅳのマトリックスを明示して(296)、宗門教学は僧侶・外相の「印籠教学」であり、創価学会は外相・在家を初期にはめざし、次第に己心・在家の方向へ、対して在勤教師会は僧侶・己心へと向かったことを明示した。明解な分析である。
 第11章は、創価学会が再度、在家主義への路線を走り出した正本堂建立以後の「第2次宗創戦争」を分析。日蓮正宗からの破門(1991年11月)を代償にしたものの、今回は自立・独立に成功した過程を詳細に論じている。戒壇論を既に改変していた創価学会は、この段階で曼荼羅本尊の宗門独占権を否定して、会員への下附本尊を創価学会が独自に制定した本尊(第二六世・日寛が書写した妙法曼荼羅本尊。栃木県小山市の浄圓寺蔵)の複写版とし、また葬儀を同志葬・友人葬という完全在家方式に切り替え、没後の成仏に僧侶による追善を無用とした(注1) 。この二つを中心に、日蓮正宗法主の唯綬一人法主血脈論を否定、大石寺への登山、会員入信時の僧侶による授戒、戒名・塔婆供養などを無用として、在家主義への傾斜を強め、自立化をほぼ完了した。ただこの段階でも、その後も「日蓮本仏論」と「板本尊」崇拝の形式は存続している。
 第12章は2番目に古い論文で、第9章の3年後に書かれた。創価学会が国立戒壇論を放棄して日蓮正宗内に留まったのに対し、それを捨てなかったために1974年に「講中解散」の処分を受け、やがて分派していった妙信講を「内棲セクト」から「分派セクト」として詳細に分析した希少な論文である。同会は強引な折伏行をいまでも実行するためカルトとして批判されているが、日蓮原理主義とも言える戒壇論と折伏論をもって著しく教勢を伸ばし、2016年4月現在で公称180万人の信者を擁している。興味深い点である。

Ⅴ 本書の内容整理と論点の再提示、結論の部分であり、第13章では法華系新宗教の諸特徴を日蓮仏教との関連で以下の8点に整理してある。1.易行道としての唱題行、2.排他性、3.現世主義(即身成仏等)、4.社会性(立正安国など)、5.ぜんたい主義(自利利他、個人と全体の救済)、6.使命付与的性格(地涌菩薩論)、7.民衆主体主義、8.日蓮自身の波乱に満ちた人生、強烈な人格の魅力(知識人は親鸞、民衆は日蓮が好き)。
 第14章は、日蓮仏教の現世主義の柱となっている現証利益、または現世利益の起信(発信)を重視する性格が在家主義新宗教の重要な要素になっていることに着目し、その現証起信論の本質を検討。現証利益を強調する教団は勢力を拡大し、それを脱呪術化合理化した教団は伸長しないという興味深い論点を提示している。さらに現証の本質はエリアーデ的なヒエロファニー、ベンツの目的現証なのか、菩提心を生じさせるための手段なのかという重要な問いを発している。その上で、新宗教、特に法華系新宗教は宿命や運命を過去世における業の結果として忍従するのではなく、それが信心や徳積み等の利他行によって「転換可能」であると考える傾向が強いことを指摘。日蓮教団は、それ自身が自利利他連結転換装置であることを深く認識していくことの重要性を強調して終わっている。


評価と課題
1.本書の研究全体を貫く視点、分析枠組みの重要性
本書を貫く分析枠組みは、ウェーバーの「理念と利害状況」の宗教社会学を基礎におき、ある宗教理念とそれを保持する集団と、他集団や一般社会、国家制度などとの利害状況を、相互作用的なダイナミックスで捉えていると思われる。そこから「運動」としての法華在家集団、その中心-周辺性の問題、集団のアイデンティティー維持のための正当化とその危機という問題視角がでてくる。セクトとその変容という問題も、その延長に論じられており、優れて宗教社会学的な研究成果で有意義である。
 西山氏は、その研究方法を「文献実証主義」とも称しているが、しかし、素朴な(どぶさらい的)実証研究、近代史研究ではなく、歴史社会学的な分析を展開したことが意義ある成果を生んでいると評価する。

2.第1部で扱った近代天皇制と日蓮主義との関係は、神道との関連や真宗の「神社非宗教論」などが多く語られているが、法華仏教、日蓮主義の国体論の詳細について筆者はこれまで集中的に探求する機会がなかったので、極めて有益であった。法華経=日本国体という法国相関論や、田中智学の法華経至上主義国体論が詳細に展開されており、特に以下の点は勉強になった。
(田中智学は)国民の中に信憑構造を樹立しつつあった日本国体の問題(・・・)に挑み、神道的な国体論の独壇場を破って新たに日蓮主義的国体論を成立させた(16-19)。
法華経は万教帰一の根源法。故に法華経に帰依することで日本は世界を統一できる。
日本国体が妙法と離れているうちは日本だけの国体に過ぎないが、国主たる天皇が法華経に帰依し開顕すれば、世界の主となる。戒壇は法華経に帰依した天皇が有徳王と開顕して願主となり、本門戒壇(国立戒壇)が完成。
天皇の本地は転輪聖王、天皇は「賢王」として地上に応現し、愚王を誡責する(48-50)。
国柱会の国体運動は「世界悉檀」
政教両面での世界統一をめざす世界主義的日蓮仏教によって開顕されたあるべき国体を正面から論じた点で、国家迎合的な国主法従説であるとの従来の説を否定(53)。

また大正天皇への奉献曼荼羅問題(22),清水梁山の王仏一乗論や天皇本尊論(6)、石原完爾の末法二重説(51-52)なども重要であり、よくもこのような国家迎合的な論を展開したものだと慨嘆を禁じ得ない。

【課題】術語・概念の適切性(特に第1章)
 近代日本のマクロな問題を大胆に論じた第1章であるが、そのため逆に課題も幾つか見いだせる。もっとも重要な問題は、顕密性(5~6)などの顕教・密教概念で近代日本の天皇制を論じる妥当性が不明である点ではないだろうか。顕教・密教、また両者が表裏一体となった顕密体制なる概念は、日本の中世仏教の特質を解明した黒田俊雄に由来するが、この概念を活用して近代天皇制の二重性(顕密性)を論じた久野収 の分析枠組みを西山氏は採用し、顕密天皇制、顕密変動(10)、立憲制絶対主義(服部)は顕密天皇制である(13)などの記述や解説が多く見られる(注2)。
 確かに日本の近代天皇制には二面性があり、立憲君主としての側面と神聖性を強調する現人神天皇観の側面である。その二重性については多くの研究者によって議論されており、古くは武田清子の「二頭立ての馬車」論や安丸良夫の「天皇制的コスモロジー」「正統と異端」などがある 。これらの分析概念・枠組みに対して、顕密変動論による近代天皇制についての著者の分析が如何に妥当であるかの検討がなされずに、久野の顕密論が使用されている。これらの批判的検討が冒頭でなされるべきであろう(注3)。
 またミカドカルト(12、14)や信憑構造(17)などの重要概念が、明確な定義や批判的検討なしに使用されている点にも、これらの分析枠組みの妥当性・曖昧さが感じられるのは残念な点である。願わくは、序論を設けて、本書の分析枠組みの理論的整理と妥当性の検証をして欲しかった。

3.内棲宗教の展開過程と類型化の試み
 本書の最も重要な学問的意義は、「内棲宗教」という概念の提示であり、またその形成と展開を、理念と利害状況のダイナミックスの中での「運動」としてとらえた点は、まさに宗教社会学の基礎的視点から分析し・解明した、西山宗教社会学の金字塔ともいえる部分である。
 そして①内棲宗教が、その運動過程で内棲を維持するか、自立していくか、②自立後の母体との関係が良好か対立かなどからの分類、③さらに自立した宗教運動が後にある教団の内棲宗教となっていく事例も提示し、全体として内棲宗教の下位類型を提示したことも重要である。
なお法音寺については内棲型というより、借傘型ではないかという問題提起もあった。今後の更なる類型化が楽しみである。

【課題】日蓮仏教は分派や内棲宗教を生みやすいのか?
 この点での課題としては、母教団の排他性、原理主義性が強いと自立し、その後に対立にいたる傾向が強いのか、他の要因があるのか、必ずしも明確でないのでさらに解明して欲しいと思う。
 特に第13章では、日蓮仏教が新宗教を生み出しやすい性格をあげているが、その要因は何か、また内棲宗教を生み出しやすい理念的特徴は何かなども更に解明して欲しい点である。日蓮仏教に特徴的な「曼荼羅本尊の重視」が一因なのか、「立正安国」などの社会的関与を推進する理念が要因なのか、多いに関心のあるところである。
 日蓮は「通力、神力によるべからず」と述べているが、その後の日蓮教団の展開過程で、呪術的な祈祷儀礼などが多く生み出されている。その主な要因は日蓮仏教の現証重視にあるのではないかと考えられる。この点の解明、その影響についても更に検討して欲しいと考える。
 この現証利益との関連で言えば、西山氏は現証利益をエリアーデのヒエロファニー論と関連づけているが、新宗教に多く見られる現世利益の強調を肯定的に捉えうる利点はあると同時に、現世利益そのものを自己目的化してしまう危険性をも孕む立論であることを考慮しておかなければならないであろう。

4.創価学会関連の実証的研究の深さ、鋭さ
 本書の第4部に収録された諸論文は、日蓮正宗の在家運動、西山氏によれば内棲宗教として出発した創価学会が、「本門戒壇」論など教学や運動論における対立をへて、自立していく過程を詳細に分析したものである。筆者自身が関与していた問題もあって、極めて興味深かった。特に日蓮正宗の教学を「印籠」教学であるなどの特徴付けや、在家主義・己心主義への必要性など参考になる諸論考であった。
 その分析の深さや鋭さは、当時においても、また現在においても類を見ないものであると言える。そこで個人的興味として、第9章で展開した創価学会のデノミネーション化の指標を「戒壇論」の変遷においた理由は何であったのかを知りたいと思っていた。西山氏の回答では、本門戒壇論が内在する排他性に注目したからであったという。
 なお、創価学会の日蓮正宗からの完全な自立をめざす宗教様式の革新は、その後も続いている。2014年11月7日に行った創価学会会則・教義条項の改正で、弘安二年の戒壇本尊はじめ特定のモノ本尊信仰から離脱することを明確に宣言し、2016年には創価学会員は現代における地涌菩薩の出現であるとの意義づけを強調(聖教新聞10/13随筆、同11/6メッセージ)。さらに創価学会そのものが未来の仏の集団であるとの創価学会仏論、在家の賢明なる指導者を「賢王」ととらえる(聖教新聞11/5新人間革命)など、次々とうちだしていることを付記しておく。
 西山氏が創価学会のこのような展開の意義を、さらに宗教社会学的に考察されることを期待して、書評を終える。


(1) 友人葬については、東洋哲学研究所編『友人葬を考える』(第三文明社、1993年)を参照のこと。本書は、葬儀に僧侶は本来不要であることを、仏教史および日蓮の教えから明らかにし、友人葬の正当性を示したことによって、その定着に大きく寄与した。
(2) 久野収・鶴見俊輔『現代日本の思想』岩波新書、1956年、Ⅳ章。
(3) 武田清子「天皇制について」『法学セミナー増刊-天皇制の現在』日本評論社、1989年。安丸良夫『近代天皇像の形成』岩波書店、1992年(復刻版、岩波現代文庫、2007年)。粟津賢太「2 近代日本のナショナリズムと天皇制」、中野毅他編『宗教とナショナリズム』世界思想社、1997年所収、などがある。

島薗進『宗教を物語でほどく』(NHK出版新書、2016年)を読む2016年10月08日

島薗進『宗教を物語でほどく』(NHK出版)を読む。畏友・島薗さんの著作は多いが、本書は特に多くの啓発を受けた。アンデルセンから、放蕩息子の話など聖書や法華経の中の類似の物語、現代日本では石牟礼道子や遠藤周作までカバーしつつ、「死」「弱さ」「悪」「苦難」をテーマに語っている。

本書の全体テーマは、弱さ、死、苦難など様々な宗教に一貫して流れていた主題が、現代ではこれらの物語の中にこそある、ということでしょう。人は物語を読み、その世界に入り込んで、苦難などを乗り越えていく力を確かに得ている。その意味で物語は生きた宗教と言えます。

彼が若い頃から物語が好きで耽溺してた頃もあった等、著者の優しい人柄や人生もかいま見え、成る程なと納得する事も多々あった。彼の宗教学も、語り、教理など言説に焦点を当てたものが多いことも理解できた。勿論ここで語られた物語を(もう一度)読んでみたいと触発されたのは言うまでもない。

取上げられた本の解説や宗教性の抽出という著者の意図とは別に、本書から島薗さんの死生観、人生観、生き方を、それぞれの物語を借りて語っているように感じた。その意味で、彼の「語り」を、肉声を、直接聞いてみたくなったことは言うまでもない。おそらく、文章化されたものより、肉声での語りの方が魅力的であったでしょう。

本書で私が最も啓発された点は、むしろ物語こそ宗教である、物語から宗教が生まれたのではないかという着想である。近年、私は人類の進化と進化心理学に関心をもって宗教の誕生の秘密を考えているが(http://www.iisr.jp/journal/journal2014/Nakano.pdf)、言語を獲得した人類は様々な経験や考えを言葉で語り、仲間や後生に伝えていった。断片的な語りはやがて壮大な物語となって神話へ、宗教的物語へと発展していったと考えられる。

物語の魅力は、その世界に読者を誘い、あたかもそこに生きているかのように追体験させる点にある。宗教の世界も同様ではないだろうか。天地創造に始まる旧約聖書の物語、法華経の地球の倍ほどもある宝塔の出現、夥しい菩薩の大地からの登場など、ある意味、奇想天外で想像を絶する物語も、あたかも真実・現実であるかの雰囲気で記され、専門家によって朗唱され、そして神聖化や儀礼によって人々をその世界に誘い、そこに生きさせるのである。現代にまで続く宗教となるなためには、さらに聖典や典礼、専門家としての聖職者、教義体系、壮大な建造物など様々な装飾物が付け加えられていくのだが、原点は、物語であったのではないだろうか。

宗教は物語そのものであり、物語から生まれたのである。この仮説を、どのように証明するか、至難の業ではあろうが。島薗氏の著作から、大きな着想を得たことに感謝したい。啓発的な良書とは、このような本をいうのであろうか。

論文掲載「9.11同時多発テロとグローバル化」2015年11月19日

 旧稿ではありますが、創価大学社会学会機関誌『ソシオロジカ』(第31巻1-2合併号、2007年3月、1-29頁)に投稿した論文を、本ブログでダウンロード・閲覧できるようにしました。
創価大学の機関リポジトリから: http://hdl.handle.net/10911/2471
OneDriveから:https://1drv.ms/b/s!AgxuAU--OroagewPS3zENAMdAk9dUw (2011年に加筆修正して読みやすくした原稿です)

 ここに再掲した理由は、いうまでもなく、11月13日に発生したフランス・パリでの同時多発テロに触発され、また同時に、このテロの背景と実行犯たちの実像を、しっかりと見つめなければならないと痛感したからです。この論考では、グローバル化との関連でまとめましたが、同時に、リーダー格だったモハメド・アタをはじめ、19人の実行犯の生い立ちや出身地での生活などもできる限り調べ、彼らがテロに至った精神的闇を解明しようと努めました。そして歴史的には、第一次大戦後の英仏を中心とした中東分割支配、植民地主義に西欧への怒りの底流があることも分かりました。
 ここで理解したテロへの道程と、今回のテロには共通点とともに、大きな違いがあると感じています。それをこれから探求していきたいという想いから、再掲しました。

 先日13日のパリ同時多発テロは西側先進国において発生したものとしては、2001年9月11日のアメリカでのテロに匹敵する衝撃を世界に与えました。犠牲になられた多くの市民の皆様に心から哀悼の意を表します。
 同時に、その1日前にレバノンのベイルートで起こった自爆テロでも40人以上の一般市民が犠牲になっているにもかかわらず、ほとんど報道されませんでした。ベイルートの人々が怒りと疑問を声にし出したことも、細々とSNSで伝わってきました。いわゆる「国際社会」というものが、西側中心の世界であるという現代世界の非対称性をいやというほど感じた、数日でした。

 フランスは非常事態宣言を出して国境を閉鎖し、「これは戦争だ」とオランド大統領が断じて、ISへの空爆を強化し、ロシアも先のロシア民間機墜落はテロによる爆発が原因と断定して、史上最大の空爆をシリアで再開しました。プーチン大統領はフランスを「同盟国」だとまで表現して、テロ対策で連携を強める方向へ転換し、ウクライナ問題で閉め出された「国際社会」に復帰できたようです。

 空爆は、ISへの打撃を加えることになるでしょうが、私は、そういう軍事作戦ではテロは根絶できないと考えています。パリの同時テロは、実行犯たちは米9.11のように海外から入り込んだ人間ではなく、フランスやベルギーなどヨーロッパ諸国内で生まれ、育ち、昨日まで殺害した人々と同じ街で生活していた若者たちです。そして、劇場やレストランで無差別に同胞市民を殺害していく、そのの残酷さでは米9.11を上回っていると感じます。彼らをそこまで追い立て、駆り立てた動機、社会的背景を正面から見つめていかなければならないと考えます。
 ジハードやイスラム帝国の再興などの宗教的理由がレトリックとして語られてはいますが、そこが主原因とする宗教的テロとは思えません。主たる要因はフランス社会、ベルギー社会の中にあるのではないでしょうか。その点を、今後、追求していきたいと考えていますし、そのことでわれわれの社会の闇も照らし出すことができるのではないでしょうか。
 
 現時点で、私の考えに極めて近い記事を教えてもらったので、合わせて紹介します。ニューズウィーク日本版に掲載されたジャーナリストの記事です。
http://www.newsweekjapan.jp/kawakami/2015/11/post-3_1.php